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第82回応用物理学会秋季学術講演会(9月10〜13日)


秋季応用物理学会 有機ELやペロブスカイト太陽電池で新たな技術提案が相次ぐ

9月10〜13日、ONLINE形式で開催された「第82回応用物理学会秋季学術講演会」。エレクトロニクス関連では、とくに有機ELとペロブスカイト太陽電池でバリュアブルな報告が多いように感じられた。注目講演を予稿集ベースでピックアップする。


新たな電子注入材料を用いて電子輸送層をレス化

 有機ELについては東京理科大学、NHK、日本触媒、大阪大学の共同研究グループが新たに発掘した電子注入材料Py-hpp2を用いるとデバイスの駆動電圧が低減し、さらに電子輸送層をレス化できることを報告した。


図1 主な使用材料の分子構造(a)、デバイス構造(b)、L-V特性(c)、寿命特性(d)1)

 分子構造や電子親和力(electron affinity:EA)が異なる多数の材料を用いて電子輸送層/電子注入層の組み合わせが異なるデバイスを作製し、駆動電圧などの特性を評価した。デバイス構成はガラス基板/ITOアノード/ホール注入層/ホール輸送層/DIC-TRZ:Ir(mppy)3発光層/電子輸送層(40nm)/電子注入層(1nm)/Alカソードで、電子輸送材料には分子構造やEAの異なる28種類の材料を使用。一方、電子注入材料にはPy-hpp2と、コンベンショナルなLiF、Liqを用いた。なお、新たな電子注入材料としてPy-hpp2を用いたのは、カソード近傍の仕事関数を2.05eVまで小さくできるため、あらゆる有機半導体に直接電子を注入できるため。

 図1-(b)に代表的な電子輸送層/電子注入層の構成、(c)、(d)に輝度-電圧特性と駆動寿命を示す。(c)のように、典型的な電子輸送材料とLiFを組み合わせたOLED-3の駆動電圧は低かったが、発光層ホストであるDIC-TRZとLiFを組み合わせたOLED-2は駆動電圧が高かった。これに対し、DIC-TRZとPy-hpp2を組み合わせたOLED-4は駆動電圧が低くOLED-3と同程度だった。また、(d)よりDIC-TRZを電子輸送層に用いたOLED-4の駆動寿命もOLED-3と同程度だった。これらの結果、電子注入性に優れた電子注入材料を用いると、発光層ホストに直接電子を注入でき、電子輸送層をレス化できることがわかった。

無電解メッキAuアノードの表面ラフネスを利用してホール注入特性を向上

 長岡技術科学大学の研究グループは、無電解めっき法で作製したAuアノードを用いるとホール輸送層との接触面積が増大するため、ホール注入特性が向上することを報告した。


図3 logJ-logE特性2)


図2 デバイス構造とサンプル種類の違い2)

 シリコン基板上に無電解Auめっきを行い、その表面状態を検討するとともに、シリコン基板/Au/トリフェニルアミン誘導体(TPA)/Au積層素子を作製し、電流密度-電界強度(J-E)特性を評価した。具体的には、表面を研磨紙(#800)で研磨またはHF処理したシリコン基板をNa(AuCl4)・2H2O、Na2SO3、Na2S2O3・5H2O、NH4Cl、HFを含むめっき液に浸すことによりAu電極を成膜した。次に、50wt.% TPAテトラヒドロフラン溶液をスピンコートしてTPA膜を成膜。最後に、Au電極を真空蒸着した。また、めっきの代わりにAu電極を真空蒸着したリファレンスも作製した。図2に作製した積層素子の構造を示す。

 図3のJ-E特性結果より、サンプル#1>#2>#3>#4の順で低電界側から電流が立ち上がっている。ここで、原子間力顕微鏡よりAu電極の表面平均粗さRaはサンプル#1>#2>#3>#4の順で粗いことが確認された。すなわち、Au電極表面のラフネスが大きいほどホール注入特性が向上する。ここで、Au/TPA界面の接触面積増大によるホール注入特性向上ならば、logJ-logE特性はサンプルごとで上下に平行移動するはずであるが、図3では上下だけでなく左右にも移動している。これは、ホール注入機構そのものがショットキー障壁タイプから変化していることを示唆している。

フレキシブル有機ELの透明電極として誘電体/金属/誘電体のDMDを提案

 富山大学の研究グループは、ITOに代わるフレキシブル有機ELの透明電極として誘電体/金属/誘電体(Dielectric/Metal/Dielectric:DMD)を提案。この電極を用いた有機ELデバイスがフレキシブル化だけでなく、特性改善にも効果があることを示した。

 実験では、フレキシブル基板としてポリフッ化ビニリデン三フッ化エチレン共重合体[P(VDF/TrFE)]をガラス基板上にスピンコート法で作製。このP(VDF/TrFE)基板上にPEDOT:PSS膜をスピンコート、スパッタリング法でAu膜を積層したPEDOT:PSS/Au(10nm)/PEDOT:PSSという構成のDMD電極を作製した。続いて、α-NPD、ルブレンをモル比95:5で共蒸着した後、Alq3、LiF、Alを真空蒸着した。比較のため、ガラス基板上にMoO3(20nm)/Au(10nm)/MoO3(20nm)、ITOを積層したリファレンスデバイスも作製した。


図5 試作有機ELデバイスのL-J特性3)


図4 試作有機ELデバイスのJ-V特性3)

 ルブレンの発光ピークである波長560nmの透過率はフレキシブル基板上のDMD w/PEDOT:PSS電極が77.9%、ガラス基板上のDMD w/MoO3電極、ITO電極がそれぞれ73.8%、89.9%を示した。また、DMD w/PEDOT:PSS電極とDMD w/MoO3電極のシート抵抗はそれぞれ48.92Ω/□, 14.90Ω/□だった。

 図4は試作デバイスの電流密度-電圧(J-V)特性で、いずれのDMD電極もITO電極(9.05Ω/□)に比べシート抵抗が高いにもかかわらず、優れたJ-V特性を示した。これは誘電体であるPEDOT:PSSとMoO3が正孔注入層として機能するためと考えられる。図5は発光輝度-電流密度(L-J)特性で、DMD電極がITO電極よりも低い透過率を示したが、L-J特性はほとんど変わらなかった。このことから、DMD電極がITO電極と同等の光取り出し効率を示すと考えられる。

成膜時の応力を緩和すれば有機デバイスにも上部ITO電極が適用可能
 
 産業技術総合研究所の研究グループは、ITO透明酸化物電極成膜時の応力を緩和することにより、センシティブな有機デバイスの特性低下を回避できることを報告した。


写真1 ITO内応力1.8GPa素子(左)および0.37GPa素子(右)の断面電子顕微鏡像4)


図6 試作デバイスのJ-V特性4)

 実験では、ITO上部透明電極を用いた透明有機EL素子(ITOアノード/NPBホール輸送層/Alq3発光層兼電子輸送層/LiF:MgAgバッファ層/ITO透明カソード)を作製。上部ITO層内の応力を変化させた際のデバイス特性を測定した。

 上部ITO成膜時にITOの結晶化を阻害するガス(H2O)を10-4Pa程度チャンバに導入した。その結果、ITOはアモルファス化し、それにつれてITO層内の応力が低減した。そして、ITO層内の応力が低減するにつれてデバイスの電流-電圧特性が改善した(図6)。

 写真1にITO内応力が1.8GPa素子および0.37GPa素子の断面電子顕微鏡像を示す。1.8GPa素子は有機薄膜/LiF界面にギャップが形成されているのに対し、0.37GPa素子はギャップがなくなっているのがわかる。つまり、ITO内応力の低減によるデバイス特性の改善は応力による素子内のギャップ形成が抑制されたためと考えられる。

多結晶In2O3:H-TFTで世界最高モビリティを実現

 酸化物TFTでは、島根大学と高知工科大学の共同研究グループがキャリアモビリティが極めて高い多結晶In2O3:H-TFTについて発表した。


図8 In2O3:H-TFTのトランスファー特性5)


図7 In2O3:H膜のNeのアニール温度依存性5)

 アモルファス酸化物TFTでは、空間的に広がった非占有s軌道が伝導帯下端を構成する金属イオン、とくにInリッチ組成にするとモビリティが向上することが知られる。今回、In2O3スパッタリング成膜時の水素雰囲気を制御しIn2O3:H)、大気中で熱処理を施すことにより固相結晶化後のNeを1017cm-3まで大幅に低減させることに成功した。

 実験では、合成石英基板上にDCマグネトロンスパッタ法によりAr+O2およびAr+O2+H2雰囲気でIn2O3膜、In2O3:H膜(膜厚50nm)を成膜した。この後、大気中で150〜350℃×1時間アニール処理した。そして、熱酸化SiO2膜付きシリコン基板をゲート絶縁膜/ゲートとするボトムゲート型In2O3:H-TFTを作製した。

 図7にIn2O3膜、In2O3:H膜のNeのアニール温度依存性を示す。In2O3膜ではアニール温度の上昇にともないNeは緩やかに減少したが、350℃で2.5×1019cm-3と依然縮退状態だった。In2O3:H膜ではアズデポでIn2O3膜に比べNeが1桁程度増大した一方、固相結晶化が始まる200℃付近から急激に減少し始め、300℃で1.9×1017cm-3を示した。固相結晶化後のIn2O3:H膜は結晶粒径が大幅に増大(140nm)していることが確認された。さらに、図8のようにIn2O3:H-TFTはモビリティ138.3cm2/Vs、SS=0.19V、Vth=-0.2Vを示し、これまでに報告されている酸化物TFTで最も優れた特性が得られた。

ペロブスカイト前駆体溶液にトリスホスフィンを添加して膜をパッシベート

 次々世代の太陽電池と目されるペロブスカイト太陽電池では、埼玉大学の研究グループがペロブスカイト光吸収層をパッシベートすることで光電変換効率(PCE)を高めたことを報告した。


図10 試作デバイスのJ-V特性6)


図9 ペロブスカイト膜のX線光電子分光のF 1sスペクトル6)

 今回の実験では、FTO膜付き基板に化学溶液析出法によりSnO2膜を成膜した後、トリス(ペンタフルオロフェニル)ホスフィン(TPFP)を加えた0.9mol/L(FAPbI3)0.95(CsPbBr3)0.05溶液(DMF:CHP 95:5 v/v、チオセミカルバジド0.09M)ペロブスカイト前駆体溶液を滴下し、回転数6000rpmでスピンコート。その後、150℃×10分アニール処理してペロブスカイト膜を成膜した。そして、正孔輸送層としてSpiro-OMeTAD溶液をスピンコートし、最後にAgを真空蒸着して太陽電池デバイスを作製した。

 図9にTPFPを0.1mM添加したペロブスカイト膜のX線光電子分光のF 1sスペクトルを示す。仕込み組成ではフッ素は0.04at%とXPSの検出下限以下だが、F 1sのピークが観測され、またArガスクラスターイオン銃で15秒エッチングするとF 1sピークが消失し、TPFPが表面に偏析していることが確認できた。図10はデバイスの光電流密度-電圧曲線で、TPFP未添加はPCEFS=19.9%、PCERS=17.3%だったに対し、0.1 mM TPFP添加ではおもに曲線因子が向上しPCEFS=20.5%、PCERS=20.5%と光電変換特性が改善した。これは、TPFPのパッシベーション効果により太陽電池特性が向上したためと考えられる。

ペロブスカイト層を真空蒸着してSn系デバイスの特性を改善

 一方、九州大学の研究グループは環境問題から有力視されるSn系ペロブスカイト太陽電池でペロブスカイト膜を真空蒸着すると太陽電池特性が向上することを報告した。

 周知のように、Sn系ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率(PCE)は13%程度と先行するPb系デバイスの半分程度に過ぎない。これは、一般的な成膜方法であるスピンコート法では均一な膜が成膜できにくいこと、またSn2+イオンがSn4+イオンへ容易に酸化されるためと考えられている。

 そこで、成膜中の酸化を抑制するため、Sn系ペロブスカイト膜を真空蒸着することにした。ここで蒸着プロセスにおける真空チャンバ内の酸素濃度は<1ppbレベルである。この値は、スピンコートする際の窒素グローブボックス(1ppmレベル)と比べ酸素濃度が3桁低い。このような低酸素濃度下でSn系ペロブスカイトであるCsSnI3膜を真空共蒸着し、太陽電池デバイス(ITO/PEDOT:PSS(40nm)/CsSnI3(200nm)/C60(30nm)/BCP(5nm)/Ag(100nm))を作製した。


図11 PCEの真空蒸着温度依存性7)

 PL、吸収、XRD、SEM測定により、真空蒸着膜からCsSnI3のペロブスカイト構造が確認された。また、PCEはスピンコート素子よりも大きかった。次に、ペロブスカイト膜を真空蒸着する際の基板温度を変えて比較したところ、室温から80℃に増加させた際、PCEが約2倍に向上した(図11)。一方、基板温度をさらに高めるとPCEが低下した。これは、結晶性の向上によりペロブスカイト膜の表面構造が不均一になり、粒界を通してリーク電流や短絡が生じるためと推測される。

 基板温度を最適化したデバイスでは、電荷輸送に関わる短絡電流密度(Jsc)の値は非常に小さかった。そこで、材料蒸着比を最適化したところ、SnI2過多の領域でJscが向上し、PCEが当初の約4倍にまで向上した。これは、未反応のCsIの減少および過多のSnI2によってSnの酸化が抑制され、膜中で電荷の再結合が減少したことに由来する。しかしながら、PCEの絶対値は依然として高くない。これは、成膜後の酸化や未反応種の存在によって電荷再結合が多発している可能性が考えられる。

参考文献
1)稲墻ほか:新規電子注入材料によるOLED積層構成の革新、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-382(2021.9)ほか:誘電体/金属/誘電体電極を用いたフレキシブル有機 ELデバイスの作製、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-285(2021.9)
2)松田ほか:ナノ突起構造体を有するAu電極から有機材料へのホール注入特性、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-382(2021.9)
3)奥ほか:誘電体/金属/誘電体電極を用いたフレキシブル有機ELデバイスの作製、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-382(2021.9)
4)末森ほか:ITO膜内応力の制御による透明有機ELデバイスの性能の改善、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-286(2021.9)
5)曲ほか:高移動度水素化In2O3薄膜トランジスタ、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、16-010(2021.9)
6)石川ほか:フルオロフェニルリン酸添加によるペロブスカイト太陽電池の高性能化、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-066(2021.9)
7)竹熊ほか:真空蒸着法による鉛フリーペロブスカイト太陽電池の作製、第82回応用物理学会秋季学術講演会講演予稿集、11-092(2021.9)


REMARK
1)Stella通信はFPD&PCB関連ニュースの無償提供コーナーです(ステラ・コーポレーションがFPDやPCBそのものを製品化しているわけではありません)。
2)この記事はステラ・コーポレーション 電子メディア部が取材して記事化したものです。

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