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ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクト
有機ELのホストとして画期的な両極性材料“CZBDF”を開発
ホモ接合によって有機層を多層から実質3層へ削減可能


 有機ELデバイスのキャリアトランスポート&ホスト材料として画期的なマテリアルが浮上してきた。科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)である中村活性炭素クラスタープロジェクトの中村栄一・東京大学教授、辻勇人・同准教授、佐藤佳晴グループリーダーらが開発したベンゾジフラン誘導体“CZBDF”で、両極性を示しホール、電子ともに高いキャリアモビリティを備える。その有効活用例として試作したのがホモ接合型低分子有機EL素子で、p型材料、発光ドーパント、n型材料と共蒸着することによって単一の有機物質をマトリクスとした実質1レイヤーで駆動できる。発光効率特性、駆動電圧特性ともに優れ、同一のホストを用いることによって界面が実質的にないためロングライフというアドバンテージも期待できる。グループリーダーの佐藤佳晴氏にインタビューした。

ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクトリーダー■佐藤佳晴氏 

Q:新たに合成したCZBDFが話題ですが。
A:CZBDFを発表したのは昨年12月の「IDW'08」ですから、“最新の材料”というわけではありません。IDWではCZBDFを発光ホストに用いた有機ELを発表しましたが、素子構造が従来のヘテロ接合型だったため注目されませんでした。今回大々的に発表したのは、ホモ接合素子に採用したところ特性が大幅に向上したためです。

Q:シロートなので確認ですが、ヘテロ接合は機能を分離した各レイヤーをスタックする積層型、ホモ接合は実質的に1レイヤーながら膜の断面方向によって別々の機能をつけた界面レス型と解釈していいですか。
A:それで結構です。

Q:ただ、ホモ接合素子は以前、山形大学の城戸淳二教授と大日本印刷の研究グループが学会発表していたのでは。
A:ご指摘のとおりです。今回のプレス発表直前までそのことを知らず、直前になってプレスリリースに追加したという次第です。

Q:では、素子構造的にはWhat's NEWとはいえないわけですね。
A:そうです。ただ、コンセプトが違うと思っています。城戸教授らの研究グループは寿命を含めた特性を重視した材料・デバイス構造で、当該学会発表ではホスト材料にはspiro-DPVBiやTBADNを用いています。これらホストにアノード側はV2O5をドープしてp型に、発光層は蛍光色素をドープし、カソード側はCsをドープしてn型にしています。ただ、これだけでは十分な性能が得られないため、さらにホール輸送層と電子注入層を設けて有機層を5層にしていました。

 これに対し、我々が試作したホモ接合素子はよりシンプルにというコンセプトに基づいています。アノード側、カソード側ともバッファ層を別に設ければ特性がさらに向上するかもしれませんが、敢えて3層、実質的には1層のシンプルストラクチャーにしました。いうまでもなく、蒸着コストを含め作製しやすさを重視したためです。もちろん、使用する有機材料の種類が少ないからローコストだといっているわけではありませんが・・・・・・。

ハイモビリティでワイドギャップ

Q:試作素子の詳細については後で聞くことにして、CZBDFの分子構造は。
A:図1のとおりです。我々の研究グループは、07年にZnを用いた分子内環化を鍵反応としてO原子を含む縮環π電子共役系化合物であるベンゾジフラン(BDF)を母核とする多様な誘導体の合成法を開発。BDF誘導体のアモルファス薄膜(DPABDF)が1.6×10-3cm2/V・secと高いホール移動度を持つp型半導体材料になることを見出しました。今回、BDFにカルバゾールという含窒素縮環π電子共役系原子団を結合させることにより、アモルファス材料としては世界最高レベルのキャリアモビリティを誇る両極性材料“CZBDF”を開発したわけです。


図1 p-i-nホモ接合素子の構造とCZBDFの分子構造

Q:合成法は。
A:モジュラー法と呼ばれる辻准教授が得意とする方法です。図2のように個々の基をモジュール(部品)に見立ててモジュール化するため、合成法がシンプルで、かつさまざまな誘導体が合成できます。収率も合成後で76%、3回の昇華精製後でも60%前後と高く、将来の量産に適した材料といえます。

Q:昇華精製後のピュリティは。
A:それは測定法がないため正確な数字はわかりませんが、99.9%以上と推測しています。

Q:合成時間は。
A:精製を含め1週間以内と聞いています。

Q:Tg(ガラス転移点)は。
A:162℃と比較的高い方です。

Q:特徴は
A:まずは、前記のようにホール、電子ともにキャリアモビリティが高い両極性である点です。蒸着したアモルファス膜のホール移動度は3.7×10-3cm2/V・sec、電子移動度は4.4×10-3cm2/V・secで、既存の両極性材料であるAlq3やCBPに比べ桁違いに高い値が得られました。

 二つ目はLUMOが−2.2eV、HOMOが−5.52eVとその差が大きいワイドギャップ材料であることです。このため、緑色蛍光ドーパントなどに対し効果的にキャリアを閉じ込めることができます。


図2 CZBDFの合成方法

有機層を実質的に1レイヤーに

Q:試作素子の構造は。
A:構造は図1のとおりで、ITOアノード付きガラス基板にまずCZBDFホストと無機酸化剤であるV2O5を共蒸着してpドープします。この部分の膜厚は30nmです。続いて、CZBDFホストと発光ドーパントを共蒸着し発光層を形成します。膜厚は50〜100nmです。次に、CZBDFホストと還元剤である金属Csを膜厚20nmで共蒸着しnドープし、最後にAlカソードを蒸着しました。

Q:超基本的な質問ですが、p型ドープ層、n型ドープ層は膜の断面方向によってホストとドーパントの蒸着レシオを変化させるグラデーションレイヤーですか。それとも蒸着レシオ固定ですか。
A:後者です。ご指摘のように、レイヤー毎に異なるホストに用いる場合は界面の問題からグラデーションレイヤーが有利といわれますが、再三述べてきたように今回はCZBDFの単一ホストであるためグラデーション化は不要です。

Q:蒸着レシオは。
A:p型ドープ層、n型ドープ層ともモル比でCZBDFが2、ドーパントが1の割合です。一方、発光層のドープ比率は1.2〜4.4wt%です。ちなみに、CZBDFは蒸着セル温度300℃で蒸着しました。

Q:n型ドープ層の膜厚30nm、p型ドープ層の20nmという数字は厚いように感じますが。
A:おっしゃるとおりです。CZBDFは蒸着時に比較的ピンホール欠陥が出やすいため、今回は比較的膜厚を厚くしましたが、プロセス条件をオプティマイズすればもっと薄くできると思います。


図3 有機材料のHOMO-LUMO

Q:発光層に用いたドーパントは。
A:青色はTBP蛍光色素、緑色はC545T蛍光色素、赤色はIr(piq)3燐光色素を用いました。図3はそれぞれの材料のHOMO-LUMOで、前述したようにCZBDFはワイドギャップであるためこれら発光ドーパントに対しキャリアの閉じ込めが容易です。

Q:今回、発光層に用いたのはこれらの発光ドーパントだけですか。
A:そうです。このため、今回とはHOMO-LUMOが大きく異なるドーパントを用いる際はBDF誘導体の分子構造をさらに工夫する必要があります。ただ、前述したようにモジュラー法によって合成するため、そのモデファイは比較的容易です。

Q:効率や寿命など性能を重視する場合はアプリケーションに限らず、現段階では緑色と赤色は高効率な燐光、青色は既存の蛍光色素を用いるのがベターだと思います。この場合、RGB材料の組み合わせによってはCZBDF系の分子構造を変更する必要があるわけですね。
A:おっしゃるとおりです。今回はCZBDFを単一ホストに用いたシンプルストラクチャー素子の最初の成果と考えてください。

Q:となると、ベタ成膜でいい照明用有機EL面光源デバイスやカラーフィルター方式有機ELディスプレイ、またRGB独立発光方式有機ELディスプレイのいずれもCZBDF系の単一ホストに合わせたRGBドーパントの選択が必要になりますね。
A:そういうことになります。むしろ、少し前のAlq3のように、CZBDF系を標準的なホストにしてデバイス構造をシンプル化するというのがファイナルターゲットです。ご承知のように、有機EL材料はこれまで膨大な種類が開発されていますが、例えば単一膜ではキャリアトランスポート特性が高くてもある発光ホストとでは相性が悪いというケースも多く、これがクオリティの高い新規材料が開発されてもなかなか既存材料をリプレースできない原因ではないかと考えています。一方、CZBDF系を用いればp型、n型を除き、バッファ材料であるホール注入・輸送材料や電子輸送・注入材料が不要ですので、用いる発光ドーパントを選択する、もしくはベストな発光ドーパントに合わせてCZBDF系の分子構造を改良するだけでよくなります。こうしたレイヤー構成およびマテリアル選択肢といった面でもCZBDF系は有利と考えています。

ヘテロ接合に比べ特性が大幅にアップ

Q:話を戻しますが、素子特性は。
A:図4が電圧-外部量子効率特性で、とくに緑色蛍光素子は6万cd/m2という高輝度で外部量子効率4.2%(11cd/A)が得られました。蛍光の外部量子効率は5%が理論限界であるため、それに近い特性が実現できたわけです。


図4 試作素子の電圧-外部量子効率特性

Q:CZBDFも含め同じ材料を用いてヘテロ接合にした場合との特性比較は。
A:図5のように緑色素子、青色素子ともヘテロ接合素子に比べ特性が大幅に向上しました。これは、両電極からCZBDFへのキャリア注入・輸送が容易になったためと考えられます。


図5 ヘテロ接合素子とホモ接合素子の特性比較

Q:素子のxy色度は。
A:へテロ接合素子と同様、基本的に発光ドーパントのELスペクトル通りですが、キャリアトランスポートレイヤーが実質的にない分、これらキャリアトランスポート膜による発光によって色純度が損なわれないため、色純度はわずかですがアップするかもしれません。

Q:ホモ接合のメリットをまとめると。
A:再三述べてきたように、まずはレイヤー数が削減できるため、デバイス作製コストが低減できることです。これは、とくに複数の発光ユニットを直列接続するマルチフォトンエミッション構造素子に効果的で、マルチユニット化が必須といわれる照明デバイスに適していることを意味します。

 また、CZBDF系をホストにするとキャリアの注入・輸送がスムーズになるため効率が向上するとともに、駆動電圧が低減できます。

Q:有機層を実質的に界面レス化できるため、長寿命化もアドバンテージでは。
A:寿命についてはまだ評価していませんのではっきりしたことはいえませんが、そうなることも期待しています。

Q:塗布型のCZBDFを用いればさらなるローコスト化が期待できそうですが。
A:おっしゃるように、塗布型なら材料利用率も向上しますし、設備コストも低減できるためインパクトが大きいと思います。

Q:というと、溶媒に溶解するCZBDFの合成にもメドがついていると考えていいですか。
A:いうまでもなく、アルキル基などをつければ溶媒に溶解させてウェットコートすることは可能です。ただし、それによってキャリアモビリティをはじめとする基本特性が低下する危険もあります。したがって、基本特性を維持したまま溶媒に溶解させるというチャレンジは今後の課題になります。

有機薄膜太陽電池や有機発光トランジスタにも有効?

Q:CZBDFを用いたホモ接合は有機EL以外のオーガニックデバイスにも活用できそうですね。
A:はい、有機薄膜太陽電池にも有効と考えています。

Q:低分子タイプの有機薄膜太陽電池はアノード/p層/i層/n層/カソードのp-i-n接合が一般的だと思います。CZBDFを同一ホストにしてアノード側をCuPcやH2Pcなどと共蒸着してpドープするとともに、カソード側をフラーレンC60と共蒸着してnドープするといった感じですか。
A:そういうイメージですが、再三述べたようにp型材料、n型材料とのHOMO-LUMOの関係もありますので、BDF誘導体をモデファイする必要があるでしょう。

Q:有機発光トランジスタにも有効では。
A:そうかもしれませんが、明確にはまだ検討していません。


図6 横型機能一体型有機発光トランジスタの構造

Q:例えば九州大学の安達千波矢教授の研究グループが研究している横型の機能一体型有機発光トランジスタ(図6)では半導体層兼発光層にTPPy(テトラフェニルピレン)を用い、発光ドーパントと共蒸着しています。TPPyをCZBDF系でそのままリプレースできそうですが。
A:そうですか。今度、安達教授に聞いてみます(笑)。

Q:最後に開発した技術の帰属は。
A:JSTと、私の出向元である三菱化学の共同所有になります。ただ、特許を出願しているのはBDF系のマテリアル関連で、前述した経緯からホモ接合素子に関しては特許を出願してません。

Q:となると、BDF誘導体を製品化するのは三菱化学ということになりますね。
A:ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクトは09年度で終了します。それまでの所有権はJSTと同プロジェクトにあります。終了後、私が三菱化学へ戻ることになっているため、それ以降に三菱化学が製品化するかどうかを判断することになります。